ティファニー シルバーは楽しみでもあるようだった

短く礼をして、槌也は先へ駆け出した。
 その姿が瞬く間に消え、水野から付いてきた女房が不安そうに囁き交わした。
「何事でしょう?」
「行列を止めるなど……」
「まあ、怖い事でなければよいのですけど」
 実は槌也は水野の家臣に評判がよくない。
 それなりの美丈夫ではあるものの、野趣の強さと、僧でもないのに結えないほどに短く切られた髪のせいである。
 他は体裁を整えてはいるものの、それだけで由緒正しき水野家のご家来衆には奇抜なのだ。
 地元での噂を耳にしたものもいる。
 おかげで槌也に対する水野家の家臣の態度は──一部を除き──もちろん夏姫と楓だ──腫れ物に触るようなものだ。
 槌也につけられた補佐役──実質上の警備責任者の初老の男が、駕籠の脇でひざをつき、夏姫に詫びた。
 土御門の領地は皇都より南にある。女足にあわせてゆるゆると歩みを進めていた。
 駕籠に乗るのは夏姫一人で、それを囲むように腰元がつき、さらにその回りを護衛のものが固めて歩く。後ろからは荷物を積んだ馬や荷車が続く。
 休み休みの行列で、それほど距離は稼げない。脚の弱い女中に強行軍などさせられないのだ。
 鄙びたのどかな景色が続く。何事もなく、欠伸が出そうなのどかさだ。
 それでも滅多に皇都、いや、屋敷から出ない女中達にとって、それは楽しみでもあるようだった。
 槌也は一人行列が見えなくなるほど先へ駆け抜けた。途中曲がり角があるためすぐ見えなくなったが、もし誰かがその速さを見ていたら眼を剥いただろう。人の脚に適う速さではない。
 槌也が足を止めたのは、一行が通る予定の道の中で、片側を崖、もう片側には茂みや林などの遮蔽物の多い人気のない道だった。
「おい」
 槌也は藪の辺りに声をかけた。
「そこに隠れている奴等、今からここを水野家姫君の御一行が通ると知ってのことか?」
 答えはない。しかし、槌也は続けた。
「そんなに殺気を出してちゃあ、一里先からでも分かるぜ。俺は鼻が利くんだ」
 答えはない。しかし、藪に潜む者の殺気が膨れ上がった。槌也は目を細めた。
「殺(や)る気かい? 面白いが、俺は、人間は相手にしねえんだよ。隠れているんなら、通り過ぎるまでそのままでいてくれや」
 槌也が何かを撒くように手を振った。その瞬間、臭いが動いた。
「へえ、避けるかい。視えるのか? まあ、いい、一人ぐらい動けても、他の奴はどうかな? 動けねえだろ? 見殺しにするか?」
 槌也は姿の見えない相手に向かって続けた。ブルガリ ネックレス
「出てくるなよ? 何もしなけりゃ、こっちは見逃してやる。仲間も、後で動けるようにしてやるさ」
 藪の中の殺気が消えた。
「そうそう。いい子だ。林の中の仲間にも言っておきな。弓なんぞ置いとけってな。金物の臭いがするぜ。さすがに鉄砲はないようだが、姫にもしものことがあったら、皆殺しにしてやるぜ」
 言うだけ言うと、槌也は踵を返して駆け戻った。
 一方──槌也が駆け戻る姿を藪の中から見送った柚月は震えていた。
 柚月の霊眼は、槌也が細い細い糸のような霊気を撒き散らしたのを確かに見た。ティファニー ロック
 とっさにそれを避けられたのは僥倖だったが、それさえも相手に知られていた。
 霊気の糸に触れた仲間は硬直している。お狩場であったとき、単なるろくでなしにしか見えなかった土御門槌也だが、あそこに結界を張った張本人だったのだ。
 皇都で剣を学んだということは聞いている。由緒ある流派の、免許皆伝を十五までに実力で勝ち取った腕前だと──しかし土御門槌也が妙な能力の持ち主だとは聞いていなかった。ティファニー 1837
 情報に手抜かりがあったようだ。
 柚月は言いようのない恐怖に襲われ、全身に汗をかいた。
 不自然な体勢で固まっていた仲間が力尽きたようにくず折れて、柚月は駆け寄った。
 命に別状はないようだが、全員息を切らせている。ティファニー
 仲間を抱えた柚月の耳に、槌也の声が響いた。
「見逃すのは一度だけだ。俺は人間とは戦いたくないが、立場ってものがあるんでね。水野の姫に手を出したら、次は斬るぜ?」
 それだけ言うと槌也は一行を追いかけて走っていった。
「あいつは一体、なんなの……」
 柚月にとって土御門槌也は捨てては置けない存在となった。グッチ