初めはとても恐れ多く思ったティファニーリングです

講師はモデルの両肩を軽く叩いて微笑むと、素早く踵を返して足早に廊下へと出る。その背後を賺さず、三十代くらいの男性が追い駆けて来た。
「先生! この度はこちらの勝手な依頼をお引き受け頂き、誠に有り難う御座いました。さすがはプロだけあって教え方が一味違います。またいつかゲスト講師、是非宜しくお願い致します」
「いえいえ。こちらこそ描く事しか能がなく、他に何の知識も取柄もない無学なこの私などを、ゲスト講師として迎えて頂けただけでも光栄の極みです。寧ろ果たしてきちんと講師役を務められたのかが、一番の不安要素ですよ」
 二人は廊下を歩きながら言葉を交わす。
「この前の先生の個展を訪ねさせてもらった時、先生こそに是非一度ゲスト講師をお願いしたいと思ったんです。先生とお知り合いになれて、こちらこそ光栄ですよ」
「はは……。大して自分と年層の変わらない生徒に、生意気にも弁を振るうなど、初めはとても恐れ多く思ったものです。本件の事は改めて、あなたに私の存在を紹介しゲスト講師に勧めた…… ―――――― 人文科学のスレイグ教授に、お礼を申されたら良いでしょう」
 そうその者は静かなハスキーボイスで言うと、フッと微笑を見せて立ち去って行った。ミリタリーファッションに、メタリックシルバーのロングジャケットを颯爽となびかせて。
 その姿を、先程その講師から身近で教えられた女学生が、密かに見送っていた……。
一人のその女学生の友人であろう、別の女学生が駆け寄ってくるや、そう捲くし立てた。
「純粋だって……言われた」
「え?」
「君の目は……汚れなき美しい目で……純粋だって、目を見詰めて言われた。こう……顔に手を当てられて……」
 あやめと呼ばれた女学生は、ポーとしながら呟いた。
「えーーー!? あんたもうタッチ&口説き落とされたのぉ?!? いいなー! うっらやましー!! もしかして、結構軽い男なのかな!?」
「そうじゃない。あくまでも生徒として講師の上でそう言われたの……。授業の一環として……。でもどうしよう……。忘れられない! あんなに熱く優しく見詰められたの、あたし初めてで……! ……恋、しちゃったカモ」
 あやめは顔を真っ赤にさせて両頬に手を当てながら、友人に告げた。
「キャーーー!! 何だかんだであやめってば、しっかり面食いじゃ?ん! ちょっと! ゲスト講師なら次いつ会えるのかも分かんないわよ! 声掛けるんならもう今日しかないって!!」
「え、ヤダ! どうしよう! あたし……」
「バカね! メルアドとかメモッた紙を渡して逃げる(ランナウェイ)よ! あとは運次第! 返事が来ればその気あり。なければアウト。ティファニー シルバー分かった!?」
「う、うん!!」
 あやめは大きく頷いた。
 レグルスは低い声で静かに意地悪そうに言いながら、駐車している愛車の黒いクラウンの運転席に乗り込む。
「まぁな……。人に自分の趣味を教えられる腕が、思いの他ある事に気付く事は出来た……」
「先生! 待って下さい先生!」
 背後から聞こえる女学生の声に纏依は振り向く事無く、さっさと車に乗り込んでいるレグルスに視線を向ける。
「おい。レグルス。呼んでるぞ。さっさと車から……」
 しかしレグルスは無表情のまま一切降車する気もなく、纏依の背後の様子を伺っている。
「在里 纏依(ありざとまとい)先生!!」
「え? ……俺?」
 纏依はキョトンとして自分自身を指差し立ち止まるのを、レグルスがフロントガラス越しに首肯する。
 ゆっくり振り向いて見ると、そこには息を弾ませているあやめがいた。ティファニー 1837
「……おや。確か君は、私が授業で詳しく説明をした生徒だったな。どうした一体。大丈夫か?」
 纏依は息を切らして前屈みをしているあやめを労わるように、そっと両肩に手を置いてから背を反らす姿勢で、顔を傾げる様に彼女の顔を覗き込む。
 すると姿勢を戻して改めて、纏依と向き合う格好になっている事に気付いたあやめは、カァッと顔を見る見る赤らめる。
そして纏依がその紙を手にした瞬間、再びあやめは猛ダッシュでその場を走り去って行った。ティファニー ロック
 中には、彼女のメルアドと携帯番号と名前が書かれてあった。
 『星野 あやめ。二十歳』
 ご丁寧にも年齢まで書いてある。どうせここまで書くならせめてもう一歩、生年月日までしたためて欲しいものだ。
「……おおぉ……!! こ、こ、これ、は……これはぁっ!!」
 纏依は目を輝かせて驚愕を露にする。
 ちなみに、纏依(まとい)と言う名の男はこの世に存在する。今時、女性的な男の名前、男性的な女の名前は増えてきている。ブルガリネックレス